2017年5月3日水曜日

DDRとプレイスタイル関連のお話

常時バー持ちかつハイスピを高めに設定して、矢印に必死に追いつくごっこをしているプレイヤーについて。

あれを見て好印象を持つDDRerはまずいないだろうし、俺もキモいなーと感じたりしてしまうんだけど、あれを「自分のコミュニティにDDRをプレイする人がいず、プレイスタイルを矯正してくれる友人がいない孤独な人間」と捉えると、途端に辛くなってくる。「漠然とした人間関係のルールを誰からも教えてもらえず、人生で常に誤った行動を続けて、それを誰からも指摘されず、敵を無限に作り孤立している『俺』」と被るからだ。

むろん、彼らに口を出す人間は多い。「そんな事やっても上手くならんよ」「上手くならないと楽しくならないよ」と。実際Twitterでも日常的に見る。ただ、言われてる側に取っては知らない人間から突っ込まれても「なんだてめえら」と反発心しか抱かないだろうし、それによってプレイを矯正しようと思う事はまずない。モテない、独りが辛い、と愚痴って、「貴方がモテないのはルックスのせいです、清潔感が足りません。そして他人に尽くす気持ちが足りません。他人に与える事のない人間はモテませんよ」と言われても「何だテメェ、喧嘩売ってんのか?」としか思わないだろう。いやそれは俺だけか。

バーガンハイスピプレイヤーも最初は色々な人からアドバイスを貰っていたのかもしれないけど、前述の反発をする事によってそのうち誰も何も言われなくなり、孤立し、ただ「キモい」と叩かれるだけになってしまった。そしてプレイスタイルが悪い所で固定化し、全く上達しない事に楽しさよりも苛立ちが勝るようになり、だんだんフェードアウトしていく。そのうちアンチになり、DDRコミュニティの悪口を言うようになり不俱戴天の敵へと。

アドバイスは殆どの場合、罪になるんだけど、かといって、本人がアドバイスを受け入れないと永遠に同じ事の繰り返しとなっていく訳で、ああ、人間というのは辛いものだなぁという。


以下蛇足

音ゲーは一人で出来るけど、自分の中でプレイに対する問題意識を持たない限り、一人では永遠にプレイスタイルが変わらないゲームで、ある意味、複数人でプレイするゲームよりも残酷にコミュニティに関わるかどうかによってレベル格差が生まれやすい(音ゲーマーの中で意識している人は少ないが)。KACのトプランを見ても、概ね他のランカーと交流があるし、多分ランカー界隈から距離を置いて一人だけでプレイしランカーになった人間って恐らくほとんどいない。

もちろん、上達だけが音ゲーの楽しさの全てではないだろうが、ただ一人黙々と上達しないゲームを続けるのはやはり多くの人に取って難しい。コミュニティのあれそれは、そのまま音ゲーのプレイヤー層の大きさや音ゲー全体の盛り上がりにも繋がっているような気もする。ラウワンが最近真面目に交流会みたいな事をやってるのも、その辺の兼ね合いでしょう。現状は「もうすこしがんばりましょう」だけど。

まぁ後の方の文章は本当に蛇足で、言いたい事は「ああ、人間って辛いなー」って事だけなんすけどね。

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