カジュアルにお気持ちになった時に話者の退路を断つような発言をするのは何故かという事を考えていて、簡単に言えば余裕の無さと問題解決思考だよなっつう。
退路を断つ一番分かりやすい例としてはコミュニティ、特に職場の愚痴を見た時、聞いた時に、「そんな毒を吐くなら辞めればいいじゃないか」と返す事。誰しも一度は言った事はあるのではなかろうか。
100パーセント満足、納得いく環境にある人というのは絶無で、何かしら嫌な事、面倒くさい事、マイナスな感情を持つ要素を飲み込みながら、それでもその環境にいる事がベストではないにしろベターと判断しているから皆、何かしらのコミュニティに属している。ただ、好き嫌い、良い悪いには波のようなサイクルがあって、時折マイナスの波がぶわっと押し寄せて耐えきれなくなりそうになり、そこにいる事が良い選択ではないのではないかと疑心暗鬼になる。
愚痴なり毒はそういう時に「やはりここにいる事がベターだ」という事を自分に納得させる為の調整弁、言わば現状を肯定する為のガス抜きな訳だ。そういう時にコミュニティメンバー、上司なり役員が「そんなに嫌なら辞めればいいじゃないか」と言ったらどうなるか?っつう話で。いやまぁ、辞めるにしろ辞めないにしろ、社に対する忠誠心は著しく下がるよなと。崖から飛び降りるのを必死で耐えている所を後ろから蹴るような行為だし。
いやまぁ、基本的に脳みそが「問題解決」に向いてる人間は、何かしら問題を抱えていて解決せずにうだうだしている人間を許容する事はできんし、さっさと解決させたいという感覚で話をしているのだろうという所は。単純に想像力不足なだけだ。
ただ、宿便解消しようと思ったら腸まで摘出してしまった、みたいな事には往々にしてあるよね、という所です。ああめんどくせえ。
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